となりのたしまさん。

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となりのたしまさん。

訪れるべき神聖な場所!神様の力を感じる東国三社を写真で紹介

東国三社とは、

関東地方にある

鹿島神宮(茨城県鹿嶋市)

息栖神社(茨城県神栖市)

香取神宮(千葉県香取市)

の総称です。

現在では、関東最強のパワースポットとしても有名で、多くの参拝者が訪れています。

江戸時代には、伊勢神宮参拝後にこの三社に参拝する「下三宮参り」といった慣習があったそうです。

上の写真を見てわかる通り、

鹿島神宮、息栖神社、香取神宮の位置を線で結ぶと、二等辺三角形となります。

諸説ありますが、このトライアングルの中には、強力なパワーが存在すると言われています。

 

では、早速、

東国三社の神社を写真と共に、紹介していきます。

又、そこで祀られている神様は一体どんな神様なのかもお伝えします。

 

関東で最も古い名社「鹿島神宮」を写真で紹介!

鹿島神宮の大鳥居。現在の大鳥居は東日本大震災で倒壊した大鳥居(昭和43年竣工)に代わり、境内の天然杉4本を使用し、平成26年に建てられました。

 

鹿島神宮本殿

拝殿(写真左)、本殿(写真右)いずれも、国の重要文化財に指定されています。

本殿では、鹿島神宮御祭神の武御雷神をお祀りしています。

本殿の後ろに見えるのがご神木で、鹿島神宮の中で最も古く、最も大きいです。

高さ約40メートル、根廻り約12メートルで、樹齢は1,300年と推定されています。

 

社殿から少し進んだところにあるさざれ石

国歌の君が代でお馴染み、「さざれ石のいわおとなりて♬」のさざれ石です。

「そもそも国歌で詠われているさざれ石とは何ぞや?」ということですが、

細かく小さな石灰石が長い年月をかけて合わさり、大岩になったものです。

「日本人皆で力を合わせて、日本を大きくしていこう」といった国家繁栄の思いが込められた石ですね。

 

通るだけで心が洗われそうな奧参道。スギやスダジイなどの巨樹が立ち並び、荘厳な雰囲気を醸し出しています。又、約600種を越える植物が生育しています。

ウォーキングしている人が多々見られ、なんて贅沢なウォーキングコースなんだと思いました(笑)

 

奥参道をしばらく歩き、見えてくるのは、鹿島神宮奥宮

こちらも国の重要文化財に指定されています。徳川家康が関ヶ原の戦いの戦勝のお礼に本殿として現在の本殿がある位置に奉納しました。その後、二代将軍徳川秀忠が新たな社殿(現在の本殿)を建てるにあたり、写真の場所に引き遷しました。

 

御手洗池(みたらしいけ)。底が見えるほど、澄み渡った池で、鯉も気持ちよさそうに泳いでいました。1日に40万リットル以上の湧水があります。水汲み場もあり、お水を頂戴することもできます。

御手洗池は現在、茨城県のパワースポットとしても名を馳せており、私が訪れた際は海外からの観光客が多かったです。

なんだか新海誠監督の映画にも出てきそう。。。

 

「鹿島神宮」私のお気に入りベストショット

鹿島神宮での私のベストショットですが、奥参道に自生する大杉たちです。

何百年前から勇ましくそびえ立っている大杉を見ていると、

自分の中で

悩んでいること、

囚われていることが

小さなことのように思えてきます。

大杉たちも、現在に至るまで暴風雨であったり、暴風雪であったりと様々な脅威に直面してきたと思いますが、

負けじとしっかりと根をはって生きている姿を間近で見て、不屈の意気を感じました。

一生懸命に生きねば。

鹿島神宮の御祭神「武御雷神(たけみかづちのかみ)」

鹿島神宮に祀られている武御雷神(たけみかづちのかみ)は、

戦いの神(武神)として最も有名な神様です。

伊邪那岐命(いざなみのみこと)が自分の息子、火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)を「十拳の剣(天之尾羽張)」を使用し、切り殺した際に、

剣についた火之迦具土神の血が岩に飛び、そこから生まれたのが武御雷神です。

荒々しい誕生エピソードですよね。。。

武御雷神が”戦いの神”として呼ばれる所以ですが、国譲りという出来事が関係しています。

天照大御神(あまてらすおおみのかみ)が葦原中国(あしはらのなかつくに)を自分の子に治めさせたいということで、

「ちょっと葦原中国の神々と国を譲るよう交渉してきて!」と天照大御神に頼まれ、

葦原中国に使者として送られたのが、武御雷神でした。

(武御雷神は、天照大御神から信頼の厚い大幹部といったところでしょうか。)

当時、葦原中国を治めていたのは、須佐之男命(すさのおのみこと)の子孫、

大国主命(おおくにぬしのかみ)でした。

武御雷神は、「国が欲しけりゃ、私に勝ってみろ!」と戦いを挑んできた大国主命の息子、建御名方神(たけみなかたのかみ)を圧倒的な力で制し、

見事、国を譲ってもらうことができました。

この武功から、「戦いの神」「武道の神」と呼ばれるようになりました。

・御神徳:武道守護、国家鎮護、病気平癒

 

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